鉄道唱歌・東海道編 29
遠くに富士の雪白く 近くに波が山と散る
左右が逆
前回、2種類の版で御覧に入れた鉄道唱歌。 改定前後の違いは見つけたろうか?
正解を言うと29番の「左」と「右」が逆になっている点である。
東海道を新橋から神戸に向かえば右に富士山が見えて左に遠州灘が見えるから、 もちろん改定後の方が正しい、だろう、が…… 私は小学生のころから違和感を感じていた……左右は本当に間違いなのか?
その思いを強くするのは、作者の大和田建樹 の 物凄さを『謡曲通解』などで知った後だった。こんな博識の国文学者が左右を間違うか?
間違えていない、という前提で慎重に歌詞を読み解くと、私の中で謎は直ぐに解明した。 以下、国会図書館所蔵本 から、現代仮名遣い・新字体で引用、太字は引用者が強調。
27
琴ひく風の浜松も
菜種に蝶の舞坂も
うしろに走る愉快さを
うたうか磯の波のこえ
後ろに走る、というのは進行方向うしろ向きに座っている大和田の視点からの描写だろう。
28
煙を水に横たえて
わたる浜名の橋の上
たもと涼しく吹く風に
夏ものこらずなりにけり
進行方向うしろ向きに座っているから、蒸気機関車の煙も湖水に横たわる景色が見えたのだろう。 あるいは湖面に映る影として橋の上の我が汽車と煙が湖水に横たわって見えたのだろう。 袂が風に涼しいのは、後ろ向きの窓辺に大和田が居るからだろう。 前向きに座っていたら風を顔面に受けるから袂涼しきなど悠長なことは多分言ってられない。 飽くまでも後ろ向き。窓辺。そのとき遠くにどんな景色が見えるのか? カシミール3Dで計算した結果は次の通り。
左には入海、浜名湖が広がるのである。間違っても渥美湾ではない。 そして空には雪の白い富士山だ。
29
左は入海しずかにて
空には富士の雪しろし
右は遠州洋ちかく
山なす波ぞ砕けちる
対する右に遠州灘が見えるのも理にかなう。 浜名湖を渡る橋は左右に水が見えるのだ。 今より昔はなお景色もよかろうと想像する。 きっと、本当に山なす波が!……砕け散っているのだろう。
実にリアルな描写である。 これこそが、大和田建樹の真骨頂ではなかろうか?
ところが、無粋な大衆が「富士山は右だろう!」と文句を言うから左右を逆に改定した、 これが私の推測だ。